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名古屋地方裁判所 昭和37年(行)28号 判決 1965年10月26日

原告 加藤清六

被告 愛知県知事 外一名

訴訟代理人 林倫正 外五名

主文

被告愛知県知事が昭和三三年一一月一日訴外吉田文左衛門に対してなした愛知県尾西市起字西生出六九番地の一畑三畝五歩の土地を売渡す処分のうち、右土地の市道四八号線の道路敷地部分に供された南側約七・五坪(一・五間×五間)の部分に対する売渡しは無効であることを確認する。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、被告愛知県知事は本案前の抗弁として、原告は本件売渡処分の無効確認を求める利益を有しないから本訴は不適法な訴として却下さるべきであると主張するので、まずこの点につき判断する。「農地法第八〇条第一項は農林大臣は、同法第七八条第一項の規定により管理する土地等について、政令で定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払い、又はその所管換、若しくは所属替をすることができると規定し、同条第二項において農林大臣は前項の規定により売り払い、又は所管換若しくは所属替をすることができる土地等が同法第九条(自創法第三条の規定により買収農地で同法第四六条第一項によつて農林大臣が管理していた農地は、農地法の施行に伴い、同法施行法第五条により農地法八〇条等の規定の適用については、国が同法第九条の規定によりこれを買収したものとみなされる。」第一四条又第四四条(以下農地法第九条等という)の規定により買収したものであるときは、原則として当該土地等を買収前の所有者に売り払わなければならないと規定している。その趣旨は買収処分後の事情の変更による当初の公共の目的の消滅に伴い少くとも農地法第九条等の規定による買収土地等に関する限り、その旧所有者の利益を保護しようとするものに外ならないと解することができる。

しかして農地法施行令第一六条は、農地法第八〇条第一項の規定を受けて農林大臣が同項に基き認定をすることができる場合についてこれを限定的に定めているので、買収された土地等の旧所有者が農地法第八〇条第二項の規定により売払を受けることができるのは、右農地法施行令第一六条各号(買収農地について第四号。ここにいう公用、公共用とは自作農創設等農地法の目的とするところ以外のものをいうことは自明である。)に該当する場合に限られることとなるわけであるが、国が強制的に収用した財産がなお国の所有にある間に収用当時の公共の目的が消滅した場合においては国は財産を原則として旧所有者に返還するのが当然と考えられるから農地法第九条等の規定により買収された土地等の場合には農林大臣が右土地等を農地法第七八条第一項の規定に基いて管理している間に、同法施行令第一六条各号に該当するにいたつたときは、農林大臣は必ず農地法第八〇条第一項の認定をしなければならないと解するのが相当である。右規定は「農林大臣は……することができる。」となつているけれども、右認定はこれに続く旧所有者への売払を不可欠の前提をなすものであるから事の性質上、少くとも農地法第九条等の規定により買収された土地等に関する限り右のように解すべきである。この場合当該土地を別個の公共目的に供する必要が生じたということは、別個に定めた手続によりその目的を達せしめることができるというだけであり、なんら右結論を左右するものではない。ただ農地法施行令第一六条第四号の場合には、通常は公用、公共用又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要性とそれへの確実性の有無の判断、これに供することゝ本来の自作農の創設等の目的に供することとの国家的公共的見地からする比較考量およびそれによつて農地法本来の目的に供しないことを相当とするかどうかを決定しなければならないから、かような意味で行政庁による裁量の余地が相当程度に認められているけれども、そこには法規上なお自ら裁量の限度があることは、この制度の根本の趣旨にてらして明らかである。

以上のように解釈するならば、農地法第八〇条第一項の認定はもつぱら規定の文言のみに即して行政庁である農林大臣の単なる内部的行為であつて対外的効果をもつものでないと解するのは相当でないと云わねばならない。

本訴において、本件土地が客観的に前記農地法施行令一六条四号の要件を充足するものとすれば農林大臣はこれを自作農の創設に供しないことを相当と認める認定処分をなした上農地法八〇条二項により買収前の所有者たる原告に売り払わなければならないのに、被告吉田進に売渡したことは違法となる。そこで原告としては右売渡処分の違法を理由に右処分の無効確認の訴を提起し得るものと解するのが相当である。けだし右の場合農林大臣は農地法八〇条一項の認定処分をなすべき義務を負い、右認定処分后農地法施行令一七条により原告に通知され原告は国に対し右土地の売払いを現実に求め得るにいたるものというべきであり国としては右売払いの申込が適法になされる限り原告に対し本件土地を売り払わなければならない具体的義務を負うものであるから原告は前記売渡処分の無効確認を求める法律上の利益を有するものと認めるのが相当である。被告知事は原告が本件土地につき農地法第八〇条第一項の認定を求める権利がないこと、原告の本件土地に対する売払請求権が具体的に発生していないこと及び前記売渡処分の無効確認の結果、原告の権利義務になんらの消長のないことをあげて、訴の利益を有しないものと主張するが、前記の理由によりこれを採用しない(なお此の点につき東京地裁昭和三三、三、二六判決行政事件裁判例集九巻三号三九〇頁参照)」

二、そこで本案について判断することとする。

(一)  本件土地はもと原告所有の小作地であつたところ、昭和二二年一〇月二日を買収期日として自創法第三条に基き国に買収されたこと、右買収後国有農地として訴外農林大臣がこれを管理すると共に、本件土地の耕作人であつた被告吉田の先代訴外亡吉田文左衛門に貸付けていたものであるが、被告知事は右土地を昭和三三年一一月一日を売渡期日として農地法第三六条に基き右訴外吉田文左衛門に売渡し同訴外人のため所有権移転登記がなされたこと、並びに同訴外人が死亡し被告吉田が相続をなしたことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで原告は本件土地が農地法第八〇条に規定する自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とする土地であると主張し、被告らはこれを争うので判断する。

先づ本件土地中南側約七・五坪(一・五間×五間)は、本件売渡処分当時すでに市道四八号線の道路敷地部分に供されていたことは被告らもこれを争わないところであり、右道路部分は本件売渡処分当時すでに農地としての適格を失つていたものというべく右部分を農地法三六条により、訴外亡吉田文左衛門に売渡した処分は右部分に限り違法といわなければならない。右の如き瑕疵は重大且つ明白であると認められるので、その余の判断を俟つまでもなく無効である。

しかして本件土地は一筆の土地であるとしても、右の道路部分と他の部分とは明確に区別し得るので、右道路敷地部分以外の本件土地については、前記売渡処分に瑕疵があつたか否かを検討する。

成立に争いのない甲第一号証、甲第二号証の一乃至三、甲第三号証の一、二、甲第四号証の一乃至三、甲第五号証の一、二甲第六号証、証人浅野勘一の証言及び被告吉田進本人尋問の結果によりその成立が認められる乙第一乃至三号証、乙第四号証の一乃至三、乙第五、六号証並びに証人浅野勘一の証言および被告吉田進本人尋問の結果を綜合すれば、本件土地(前記道路敷部分を除く)は被告吉田進の先代訴外亡吉田文左衛門が約三〇年近く前から耕作してきたものであるところ、前記のように昭和二二年一〇月二日自創法三条により国に買収されたが、右土地は売渡保留地とされ、農林大臣の管理の下に右訴外人に対して同訴外人の耕作に供するための貸付が行われてきたこと、同訴外人は本件土地の買受当時自作地一反四畝歩、小作地二反九畝二〇歩を耕作し自作農として農業に精進する見込が充分あるものと認められたこと、本件土地(前記道路敷部分を除く)は昭和二三年五月三一日自創法五条五号の指定を受け乍ら、右指定后一〇年を経過しても尚現況は農地であり現に訴外吉田文左衛門が夏期は陸稲、冬期は麦を作り、耕作していたので、農地の使用目的の変更を不適当と認めて右訴外人に売渡されたことが認められ他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば本件土地(前記道路敷部分を除く)は未だ農地法施行令一六条四号の状況に立ち到つていたものとは認められず、右土地の管理者たる農林大臣が農地法八〇条一項所定の認定処分をなさず、被告知事が被告吉田進に本件土地を売渡した措置は正当といわなければならない。

よつて右の点に関する原告の主張は理由がないこととなる。

三、次に原告は本件売渡処分当時訴外亡吉田文左衛門は兼業農家であり又老令で病身であつたから農地法第三六条第一項第一号に該当する者でないのに、尾西市農業委員会の進達に基き被告知事が右訴外人に本件土地を売渡したのは無効であると主張し、被告らはこれを争うので判断する。

前記各証拠によれば訴外亡吉田文左衛門は右買受当時本件土地の耕作者であり、自作地一反四畝歩、小作地二反九畝二〇歩を耕作しており農業に従事する者としては右訴外人の外に同訴外人と生計を共にしていた被告吉田進と同被告の妻春子がいたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

訴外尾西市農業委員会及び被告知事が右訴外吉田文左衛門につき兼業農家であつても、なお農業をもつて生計を立て農業に努力するものと認め生計を共にする親族の労働力をも考え併せて、農地法第三六条第一項第一号に該当する者と判断して本件売渡処分をなしたのであるから右処分は適法であるというべく、原告の前記主張は理由がない。

四、さらに原告は訴外亡吉田文左衛門が本件土地の買受に際し、買受申込書に本件土地の地目は畑であるのに「田」と記載して買受の申請をなし、尾西市農業委員会においても審議の際右の誤りに気付かず、処理したのであるから、本件売渡処分は無効であると主張するので判断するに、同訴外人が買受申込書に「田」と記載して買受の申請をなしたことは、当事者間に争いないが、いずれにせよ本件土地(前記道路敷部分を除く)が農地たるには間違がないのであるから手続上右のような過誤があつたとしても本件売渡処分に重大且明白な誤りがあるとしてこれを無効となすべき理由がない。

従つて以上いずれの点よりしても前記道路敷部分を除く本件土地については無効原因は存在しない。

およそ一筆の農地として売渡処分がなされ一部につき無効原因があつたとしても当該部分が他の無効原因の存在しない部分より明瞭に区別される場合は無効原因が存在する部分のみ無効となり、他の部分は有効であると解するを相当とする(徳島地裁昭和三一年二月一〇日判決参照)。前記道路敷部分が本件土地の他の部分と明瞭に区別し得ること前示のとおりであるから被告知事のなした本件売渡処分は右道路敷部分のみ無効であり他の部分の本件土地については有効であるということができる。

なお原告の被告吉田進に対する請求の趣旨記載の登記請求権が存在するか否かにつき検討するに、かりに前記のように本件売渡処分の一部が無効となつたとしても原告はなお本件土地に対する所有権その他の実体上の権利を取得するものではないから右登記請求権は発生しないこととなり、その余の判断を俟つまでもなく、いずれもその理由がない。

以上の理由により原告の本訴請求中右認定の限度で認容しその余は失当としてこれを棄却し訴訟費用については民事訴訟法第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村義雄 藤原寛 植田俊策)

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